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徘徊と聞くだけで、困った利用者と感じる職員は多いですよね。確かに認知症の問題行動の1つに徘徊はあげられます。介護保険利用時の認定調査でも「徘徊はありますか」という項目もあるぐらい手間のかかる行動と考えられています。

私たちが家族の誰かに行先を告げずに外出しても徘徊とは言われません。認知症のある人が出かけようとすると途端に「徘徊だ!!」と言って外出をやめさせようとします。「徘徊すること」と「外へ出かけること」とどこが違うのでしょうか。「徘徊は問題行動」と決める前になぜその行動を起こそうとしているのかを考えることが大切です。

老人ホームに入居したAさんとのかかわりから行動の意味を知るきっかけになりました。
事例を通じて言葉にできない『想い』を考えていきましょう。

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認知症でも、日課や習慣は続いている

日課

Aさんは75歳(男性)。Aさんは定年まで公務員として県庁で働いていました。老人ホームのある同じ地区で奥様と2人暮らしです。一人娘は車で1時間程のところに住んでいます。病院の付き添いなど協力的ですが、まだ小学生の子どもがおり、常時手伝うことは困難な状況でした。

70歳のときにアルツハイマー型認知症と診断され、できなことが増えてきました。最初は時計が読めなくなり、次第に時間の感覚がなくなってしまいました。時間の感覚がないので、昼夜関係なく徘徊が始まります。

奥様は自分が見なければという思いで介護保険を利用しながら5年間自宅で介護を続けてきました。その奥様が体調を崩され、これ以上在宅介護を続けると奥様の命の方が危ないと周囲に説得され、自宅近くの老人ホームへ入居しました。

文字が読めなくても、日課は変わらない

時間の感覚がなくなってしまっているため、必ず朝とは限りませんが、目が覚めるとまず新聞を読むことが日課です。認知症が進み、字は読めません。新聞を広げているだけで本人に任せていると上下が反対のこともあります。それでも本人の大事な日課です。

老人ホームでも1部は新聞を取ってはいますが、入居者は80人です。職員の中には個人のものを管理をすることが大変との理由で本人に当日の新聞にこだわりがないのなら同じものを渡せば良いのではないかという意見も出ました。

本人は読めないし、同じものを毎日出してもこだわりはないけれども、本人が大事にしてきたことは続けようとなり、本人専用の新聞を取ってもらうことになりました。

今までの習慣が徘徊につながった

新聞を読むと必ずジャケットを着て外へ出かけようとします。寒い日も暑い日も雨が降っても同じです。職員はあの手この手で引きとめます。「奥様がもうすぐ来ますよ」「おやつの時間です」「コーヒーを飲みましょう」など試行錯誤です。なんとか居住フロアにいてもらおうと必死です。

でもAさんは最後には「じゃあ」と言って歩き始めます。そうなるとフロア内では何かあってはいけないと職員1人が付き添います。フロアを歩いた後は必ず外へ出かけようとします。職員は諦め半分、イライラ半分の表情をしながら対応しています。毎日がその繰り返しでした。

行動を変えたのは、たった一言「今日は日曜日だよ」

日曜日

その日はちょうど日曜日でした。奥様が娘さんとお孫さんと一緒に遊びに来てくれました。

Aさんはいつも以上ににこやかです。面会に来ても長い会話はできません。いつものように家族の顔を見た後はまた出かけようとします。「娘さんもお孫さんも来てくれてるのにどこへ行くの」と職員が声をかけても出かけるといって本人は聞きません。奥様は自分がついて行くから娘さんに待っててくれれば良いと言います。

そんな時、Aさんはお孫さんに「学校は楽しいか」と聞いていました。お孫さんは「友だちがたくさんいて楽しいよ。今日は日曜日でお休みだからおじいちゃんに会いに来た」と言われます。お孫さんの話を聞いたAさんは「今日は日曜日かあ」と言ったかと思うとソファに座り、何もなかったように出かけることをやめました。その後も何もなかったように座っています。

Aさんの行動から「想い」を読み取る

「日曜日かあ」と言って出かけるのをやめたAさん。お孫さんとの会話の中から、徘徊はただ出かけたいのではなく、仕事に行こうとしていたのではないかと考えました。確信が持てるわけではありませんでしたが、やってみる価値はあると次の日実践してみました。

次の日同じように出かけようとします。いつもはコーヒーの時間ですなどと言って引きとめますが「今日は日曜日ですよ」と声をかけてみます。そうすると「今日は休みの日かあ」と言ってまたソファに座って新聞を読み始めます。

家族想いの優しいお父さん

老人ホームでは入所のときに簡単な家族構成や生活歴などを聞きます。奥様から定年までサラリーマンだった真面目な人と聞いていました。日曜日とサラリーマンの関係が何かあるのか、悩みに悩んで奥様に相談しました。

Aさんは祝日も土曜日も休みなく仕事をしていたが、日曜日だけは家族のために休日出勤をせず、必ず家にいたそうです。娘さんが小さい頃は公園へ遊びに行ったり、宿題を教えたりしながら家族のために平日やれないことを「日曜日」に精いっぱいやってくれる優しいお父さんだったと教えてくれました。

本人に寄り添い、日々の介護の中に活かしていく

雨の日も日課は続きます。行こうとしてすぐ声をかけても良くないなど、いろいろ職員側も考え、玄関までは一緒に行きます。そして玄関で「Aさん、今日は日曜日ですね」と声をかけます。そうするとAさんは「そうか」と居住フロアへ戻っていきます。

あの手この手で引きとめても聞いてもらえなかったAさんですが、「日曜日」という言葉で怒ることもなく戻っていきます。

Aさんの徘徊はアルツハイマー型認知症によるもので、徘徊している意識がないのでとめれば邪魔をするなと怒ります。職員の中でお孫さんとの会話、奥様の教えてくれた生活歴からAさんは仕事に行こうとしているのではないかとの考えにいきつきました。

私たちが問題行動だと決めてしまっていた徘徊は、真面目なAさんが病気になった今も身体に残っていた習慣だったのです。

徘徊の問題行動は、言葉にできない「想い」の現れ

公園の散歩

私たち職員はAさんの行動、言葉として言えない想いをご本人の歩んできた人生から知るきっかけになりました。認知症の行動がすべて生活歴から起こるわけではありません。ただ問題行動にもその人なりの言葉にできない「想い」が行動となってあらわれているんです。

いつもと異なる行動に介護職員といえども不安になることもたくさんあります。問題と言われる行動に対して困るのではなく、その行動によって伝えている相手の「想い」を考えて行動できる人になりたいですね。

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